風"s・風のたよりオンライン版


2003/4/21 No.90

風のたより90号

■ 高校生の女の子のメッセージ
 先日の4月19日(土)有事立法反対集会の時、高校生の女の子のメッセージを、5月4日の新人生歓迎フェステイバル2003年で「高校生平和サミット」開催するにあたって、はっきり伝えてきました。聞いていくうち、涙がぽとぽと落ちました。
 彼女の純粋な思いにこころが嬉しくって、また彼女の嘆く「なんでこんなことが起こるのだろう?世界の人はみんな平和でありたい、命を大切にしたいと思っているのに」という思いにこころ同じくして、うるむ程度で収まらず、ぽとぽと落ちました。
 やっぱり、嬉しいです。応援したいです。
 椙山学園高校で「イマジン」にのせて踊るそうですよ!郡舞だそうです。アフガンから、韓国から、沖縄から高校生が参加します。
■ 300万必要です。

 店でもカンパしようと思いますが、皆さんの力もお貸し下さい。
 052−881−4331・4346
 愛知県高校生フェスティバル実行委員会 実行委員長 田中涼子さん(聖霊高校3年)

 さて
 まだまだ伝えたりないことがあるのです。小野万里子さんの報告から
 それは...
■ 「アメリアシェルター」のこと
 湾岸戦争のころ、400人以上のりっぱなシェルター(ぶち抜かれ穴が空いた写真でみたところ天井が数メートル?)にトマホークを打ち込まれ、2発目にその穴からナパーム弾が打ち込まれたそうです。弾頭には劣化ウランが配備されていたとも言われているそうです。写真は、原爆のように、親子の体の影が床に焼き付いていました。一瞬のうちに(500度C)焼かれたのです。小さい子や女性や老人達のシェルターを攻撃したのです。アラブの男性はシェルターには逃げないのだそうです。なのに兵が逃げて入った...とかで、攻撃した! 400人規模のシェルターで、女子どもとわかっていながら!
 入り口付近にいて助かったのは10人くらい。死体も人の数として数えられないとのこと。このような悲劇はなかなか伝わってこない。
 でもふと私は最近聞いた記憶に思いあたった。先日3月末に尋ねた沖縄の女性たちから聞いた話にあったような気がする。
■ これでもか、これでもかの困窮市民のその上に圧倒的な武力
 イランが受けた経済制裁はジェノサイドだったという。その上にあの爆撃。アフガンの時も同じ。これ以上痛めつけられないほどのその上に圧倒的な力で、攻撃する。その元は何か? 見極めなければ
 続く。続く.......................。
■ 58年前の沖縄の空いっぱいの光線と海いっぱいの軍艦
 沖縄の戦争資料館で見た写真の1枚に、戦車の上の空いっぱいに光線、攻撃の光線。空からいっぱい、鉄の雨の写真があった。イラクの空もまた同じ事があったのだ。58年たっているのに。
 話に聞くには、戦争資料館は海が見渡せる丘にありますが、その海原がアメリカの軍艦で埋まって真っ黒だったという。
 圧倒的な力の違いの中での民衆の非力さ、その非力さのなかに天皇の為に「生きて辱めを受けるより...」という徹底した教育のもと海に身を投げたり一番愛する人から身内の手で殺していったという沖縄の集団自決。
 戦時中、日本軍が沖縄を統治していくなか、沖縄の言葉を使うと処罰があったそうです。軽くない処罰。1879年まで琉球王国であった沖縄は薩摩の侵略で琉球藩になり、沖縄が大和化され、そのなかで天皇への忠誠も大きく位置づけられたという。その流れが集団自決という地獄絵を描いた。
 沖縄で話してくれた女性(中年)は母親がある島で集団自決をしたのだけれど、死にきれず、真っ暗な海に向かい歩いていって傷ついた体が海水にしみたが引き潮で死にきれず、だから今私が生きていると語ってくれた。
■ 身を守る市民は国旗を掲げ...
 いまのアメリカも、色が違ったりすると、星条旗を家に掲げ身を守っているという。イラクの各家庭にフセインの写真を飾るように。日本も有事立法が通り、住基ネットが張り巡らされたら、いの一番に「   」の写真や旗を掲げて身を守らなければならないのだろうか?
■ 希望の光が5月4日名古屋で! 高校生平和サミット開催!
 純粋な高校生達が平和を学ぶこのつらい機会を応援したい!
 希望の光が見えます。若い世代と一緒に!

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