風のたより78号
■ お金をほとんど見たことのない村、バジュラ村2002年9月29日 ネパリバザーロ講演会に参加して... 土井ゆきこ
〜手漉き紙で包む光、フェア・トレードで創る安全な住まい〜
「手漉き紙とフェア・トレード」
スピーカー:シャンティ・チャダ氏
(女性起業家協会WEAN代表、ネパール・ウーマン・クラフト代表)
山深いヒマラヤの麓、紙漉に取り組む村の話
バジジュラは、カトマンズからネパールガンジまで飛行機で1時間、車で1日走ってダンガリへ、それから更に車で山側へ2日間、そして歩いて2日間でやっと着く。■ 紙漉きで現金収入の道
こんな山深い極西ネパール、ヒマラヤの麓に紙漉きプロジェクトができ5年になります。
25年間女性の地位向上活動にかかわってきました。奥地に貧困があると知りつつ、かかわることができなかった。私は手術後ということで動く事ができなかったので、3人の人たちを村に送って調査をしてもらいました。
村の貧しさは、予想を超えていた。食料も満足にない。野菜もあまりなかった。水牛ややぎはいた。ロクタという植物が何かということを村人は知らなかった。高い木は邪魔になると切って薪にしていたが、ロクタは低い木で切り倒して捨てていた。(お金を捨てていることに気がつきませんでした)それからウーマンクラフトは紙漉職人や木枠などのフレーム機材資金などを村に送りこみました。
村は100ルピー(日本円で160円)さえも見たこともなかった。その村が紙漉きで現金を得ることができるようになった。牛を森へ連れて行って、ロクタを持ちかえり、収入を得るようになり生活が改善されてきた。■ 村人に慕われるシャンティさん
カトマンズのことをネパールと村人はいう。ネパールから一人の女性がお金を与えてくれた(シャンティさんのこと)という。それまでは二期作農業に従事していた。それ以外は仕事がなかった。冬の農業のない時も紙漉をするようになって、冬の農業のない時も、ロクタで紙を作り仕事ができるようになった。ロクタは6,000フィート以上にしか生えていない。村の人々が作った紙を1キログラム100ルピーで買い上げ、その内のいくらかのお金を投資する。段々事業が拡大され機材も出し、買い取りも続け、あらゆる支援を惜しまずにやってきた。
1年目にして村に投資した中から、紙として生産され25%が戻ってきて、2年目75%が戻ってきました。3年目にたくさん生産ができるようになったので、好きなところに売ってもいいと伝えた。村の人に自分たちがオーナーになるか労働力として働くかの選択をしてもらいました。母であり父であり神であるあなたから離れることは決してありませんと村人は言ったと言う。■ 4年目の大きな変化
働けばお金が入ってくる頑張れば何でもできる自信がついた。学校に行かせることもできた。それで靴を履いて学校へ行くこともできるようになった。以前スリッパのような履き物で、歩きなれていないので体と履き物がバラバラになっていたということもあった。■ 今抱えているネパールの大きな問題
4年目のこの状態を見るにつけ早くからこのプロジェクトをしていたかったと思う。栄養不良から目の見えない子もいる。薬もなくケアーが出来なかった。皆が苦しかった。もっと早くしていたらと思う。貧困はどこにでも、世界中にどこにでもある。ネパールは特に貧しい。みなさん方に協力していただいてこの紙の拡販をしていただければ、極貧の村バジュラは確実に良くなります。
テロリストによる殺人です。小さな村にも現れます。村人を殺し、女の子男の子を連れ去って訓練します。軍隊を送り込んで掃討作戦を展開していますが、問題は大きくなるばかり、紙を売るにも問題が生じています。テロは貧困の不満からきています。■ 「ウーマンクラフト」は正直で勤勉でありたい
「ウーマンクラフト」はマスではなく、少量のマーケット考えています。1番は生活の向上を考えています。アメリカ・スイス・ドイツ・日本などに輸出しています。スタッフのサラリーを上げることもできかかわっている人の手数料もあげています。アメリカでも販売は困難でありますが、バイヤーが在庫を抱えても買い続けると励ましてくれています。私の経験から申し上げれば、信頼関係が大切かと思います。正直であり勤勉であることです。細やかな気配り他の人にもよかれと思うことがビジネスにとって必要。■ ネパールの手漉き紙がエコオーガニックハウスで!
他のハンディクラフトがよくない中で市場の需要は少ないので大変です。日本に26日朝着き、すぐ福岡に飛び、エコオーガニックハウスを見学しました。
ネパールの紙が建具に使ってあり、「これがネパールの紙か?!」と驚きました。
日本の皆さんにお願いしたいことは、生産において努力もたくさんしますが技術がないので日本の技術で支援して頂ければ、女性たちの地位向上につながり、もっと発展することができると思います。
以上がシャンティさんのお話でしたが、私はシャンティさんがなぜ「ウーマンクラフト」を始めたかという質問をしました。人の歩いて来た道にはとても興味があったので...続きは次回に...