風のたより146号
―――――――あなたにとって「パレスチナ」って何ですか?―――――――
遠い国の、新聞紙に載って報道されているだけのこと?
そこには私達と同じ日常という生活が、封鎖された、分離壁に囲われた、検問所を通らなければならない日常というなかに「生活」があります。その生活を感じることができるリポートをJVC(日本国際ボランティセンター)のホームページからと、パレスチナ子どもキャンペーンのホームページから写真展示をしています。
■「もっと知りたいパレスチナ〜ガザで起きていること〜」 ウィルあいち1階展示室■「どうして? 栄養失調児が?」
<日程:3月3日(火)〜11日(水)(3月9日休館日を除く) 9:00〜21:00(最終日17時まで) 場所:ウィルあいち1階展示コーナー
(地下鉄「市役所」駅2番出口より徒歩10分)
☆☆☆入場無料☆☆☆
以下は、展示内容より
ガザのアルデルインサン栄養センターでは、新規の栄養失調児が8月4〜6月の間に400人。「どうして? 栄養失調児が?」
封鎖のための食料・水・電気・燃料の不足がつづき、新規の栄養失調児が増える一方です。
「どうして封鎖?」
2008年昨年のガザ地区に住むパレスチナの人々の暮らしが紹介されていますので7月8月...12月27日と順次ホームページで紹介されているガザの人々の日常生活の1コマをお伝えします。
★ 2008年7月 「パレスチナの刺繍」パレスチナの伝統と誇りを伝える文化的な意味も込められた素晴らしい刺繍のバッグを日本で販売できる商品開発の為に女性達が集まっています。ベイト・ジブリン難民キャンプ ハンダラ文化センターの女性グループの新しい企画です。
★ 8月
ガザのアルデルインサン栄養センターに集う お母さんと子どもたち
新規の栄養失調児が8月4〜6月の間に400人
封鎖のための食料・水・電気・燃料の不足がつづき、新規の栄養失調児が増える一方。
★ 9月ガザで始めての博物館がオープン
「ガザには素晴らしい考古学遺跡や美術品がたくさんあるのに人々はそれらの価値を知らず建築現場でも注意されずに壊されたり捨てられたりしている。ガザの人たちにこれらの遺産を守っていくことを伝えたい」博物館のスタッフの思いです。
★ 110月「オリーブの収穫」
オリーブの収穫時、地元のNGOなどがオリーブ摘みキャンペーンを行います。パレスチナ西岸地区では、特にこの時期、イスラエルの入植者がオリーブ畑に入ってきて、パレスチナ人農家の作業を妨害したり攻撃したりする事件が少なくなく、多くの人が参加することでこれらの行為を阻止する目的でキャンペーンを行う。村の人達が毎年この木の下で収穫の歌を歌ってその喜びを分かち合うそんな平和な光景を願って、皆で収穫の歌を口ずさみながら帰途につきました。
★ 11月「ガザに入れない」
リポートは、JVCの現地スタッフが、ガザ地区に入る許可を受けていて出入りしているのですが、彼女たちですらこの頃から入れなくなってしまいました。ボランティアのスタッフはイスラエルから通行の「許可証をもらって、それで検問所を通って中に入るのですが、もうほとんど誰も入れない状態にこの頃からなってしまいました。
★ 12月 まだ穏やかだった12月20日
ベイト・ジブリン難民キャンプの女性グループの手によるパレスチナ刺繍によるプレゼンテーションと展示が、古い建物を改造した会場でとても雰囲気があり、ディスプレイにも力が入りました。参加人達は自分たちの国に帰った先でフェア・トレードショップに紹介するなど、その可能性を広げていくことを目標にしました。
★ すっかり変わってしまった2008年12月27日―――――――――――――――
現地時間午前11時半頃 イスラエル軍がパレスチナ・ガザ地区に大規模な空爆 戦闘機の音を聞いておびえることしかできない。ただただ安全に過ごすこと、自分の子どもを守るために何ができるしか考えられないが、ガザのどこも安全ではない。ガザの封鎖による貧困と飢餓で、人々はすでに憔悴しきっていた。イスラエルの狂気を誰が止められるのか。無力なガザの人々のために祈ってほしい。
★ 突然の爆撃
ガザの中にいるモナさんと、イテダルさんと携帯電話で話す。「どんな様子?」「何が起こっているの?」
★ まだ軍事攻撃中の1月中旬
ベツレヘムで、ワークショップ、パレスチナの人々に、日本のピースパレードの様子などを伝え心の交流。ガザの人々の為に祈りました。
★ 爆撃のあとで 子どもたちに再開
ガザ市でも最も貧しいザイトゥーンには国連機関の食料支援は入って来ないとのこと。JVCが支援している牛乳とビスケット毎日のとっておきの時間であり幼稚園に来る楽しみにもなっている。特別なミルクを必要としている人々もあり、それが無いために亡くなってしまう子どももいるなか、JVCが特別ミルクの支援を決定。すべての人々がきびしい生活を強いられていますが、その中でも特別ミルクは特別です。
★ すっかり破壊された町
ガザ市ザイトィーン地区のアッサムーニーエは今回のイスラエルの軍事侵攻によりほぼ完全に瓦礫と化した。11月4日、イスラエル兵は避難命令を出し、約100人のアッサムーニーエの人々をここに移住させたと言われています。そして翌日これらの家は軒並み爆撃されたのです。20の家がほとんど瓦礫の山となり、30人以上が亡くなったと言われています。一時停戦を迎えたものの、ガザの封鎖状態は解かれていません。ガザの人々は壊れたものを直すだけでも、何年何十年もかかるだろうと、ため息をついていました。
(2002年4月に起きた"ジェニンの虐殺" 記録映画のなかで、パレスチナの人は、「家は壊されるために造っているようなものだ」と話したのが印象的でした。土井)