風"s・風のたよりオンライン版


2008/6/12 No.135

風のたより135号 ピースボートより その6 地中海にて

 オマーンのサラーラから、ヨルダンのアカバまでの乗船中、水先案内人として乗船してくださったPLO(パレスチナ解放戦線)のワシム・カズモさん(男性)は32歳。
■ ワシム・カズモさんの講演から(6月3・6日)
 10歳にクェートからパレスチナに移り、イスラエルがパレスチナのすべての学校を閉じたので勉強ができない時期もあったそうです。
 イスラエルの統治のもと、毎日検問のある生活、武器を持った兵隊に見張られる生活、二級市民の立場、両親が苦しんでいる姿を見て育ちました。
 情報が決定的に欠けていることもあり、PLOの情報局コミュニケーションアドバイザーとして、話す機会を得て、現状をどう解決していくか、何が問題か、たちはだかっている問題などを説明する仕事をしています。
■ パレスチナ難民について
 1948年 イスラエルが建国宣言 パレスチナの80万人が追い払われて難民になりました。
 1967年 アラブ諸国とイスラエルとの第三次中東戦争により、24万人がガザ地区とヨルダン西岸地区から追い出され、それ以降も45万人が難民として追い出された。
 現在の難民の数は700万人。
 130万人が71にもなる難民キャンプ生活で、国籍を持たない。
 235万9千人がヨルダン、46万5千人がシリア、44万人がレバノンに住んでいます。182万5千人がイスラエル占領地区に住んでいます。
 エルサレムに近いデイルヤシーンでは、100人ぐらい女性・子供が残虐に殺された。ホロコーストの博物館近くにあるのは皮肉です。
■ 400以上の村が破壊された
 400以上の村が破壊され、追放され、そこにはユダヤ人が入植してきました。
 そこにパレスチナ人が住んでいた痕跡をなくすため、へブライ語で名前がつけられた。
 ユダヤ人の入植が進んでいる。イスラエルは、返還の話合いを拒否し続けています。
■ 分離壁など、さまざまな壁
 高いところでは8mもの高い壁が、パレスチナの土地の中へ、長い所は22Kmも食い込むように作られる。パレスチナにとって大切な水資源、農耕地に入りこんでくる。学校に仕事、教会などさまざまな日常生活に制限がかかる。
 学校へ行くのに、子どもたちは毎朝、イスラエルの兵士が網の柵を開けるのを待たなければならない。開けてくれない時もある。兵士が遅れるときもある。
 兵士が武器を持ち、その管理下で、どのような教育をうけることができるか問題が残り、影響がこわい。
 2004年7月 国際司法裁判所にもちこみ、違反していると認められた。撤退、中止、保証をすること。直接的・間接的支援をやめるよう国際社会に求めた。意義のある結果を勝ち取ったことに誇りをもっています。
 現実は分離壁が419km完成、完成すると2倍の長さになります。
■ PLOとハマス
 PLOは、アラブ諸国の承認を得て1964年設立。パレスチナの代表者、議長はアッバース。2004年アラファト議長が亡くなった後をついた。PLOのリーダであり、パレスチナ当局の代表、2005年選挙63%の投票でアッバースが選ばれた。
 一方、ハマスという団体が力を持ってきた。
 イスラム教の熱烈なネットワークにサポートされて1987〜88年設立。PLOの一部ではない。 PLOはイスラエルとパレスチナが共存していくことを訴えているが、ハマスはパレスチナだけが1つの国という過激派です。
 アラブ連盟23カ国、提案権もあるILOは海外にいるパレスチナ難民のことも含んで代表として交渉しているが、ハマスは海外にいる難民のことは考えてはいない。
■ 敵の敵は味方、ハマスをアメリカが経済援助
 ハマスが力をつければ、内輪もめするのでそれを狙って、アメリカが設立をサポートした。
 なぜハマスが力をつけてきたか?
 1993年オスロ以降、共同問題解決にむかえばいいけれど、すべてが失敗した時、何もなく、せまられた状況で市民は過激派に希望を寄せるようになった。
■ 国連決議194号
 国際法によれば、イスラエルがパレスチナを崩壊し続けてきたことを認めることが大切で、それにたいして責任がある。パレスチナ人の帰還権を認めること。パレスチナには、財産の賠償を要求する権利と、十分な補償、生活の苦しみにたいする保障を受ける権利があるとしている。
 イスラエルの建国に関して、パレスチナに帰還権を認めることが条件つけられていたにも関わらず、イスラエルは全く無視している。
■ 世界中の難民が戻れる条約の存在
(1)世界人権宣言 1948年12月10日 ここでは難民が自分の故郷へ戻り生活する権利を求めている
(2)世界人種差別撤廃条約 1965年12月21日
(3)市民的政治的権利に関する国際規約1966年12月16日
(4)国際的取組みの実現(ボスニア・東ティモール・ルワンダの難民)

 にもかかわらずイスラエルは、宗教的な理由により拒否している。
 民族的なあからさまな差別、先住の人々の土地や財産を否定するものです。
■ 政治的迫害
 1万人1千人以上のパレスチナのジャーナリストが囚われの身。政治的活動を行ったということで。発言の規制をしている。反対する人はいやがらせを受けたり、刑務所に入らなければならない。
 パレスチナは国際社会公式的に弱い立場です。国際社会が国連議決を履行するよう、イスラエルに圧力をかけることが必要です。人々が平等に生きていけることを望みます。
 アメリカはイスラエルを直接支援し、国際社会はパレスチナの主張を認めていますが、この2つの国を交渉の場に持ってくるこができていない。残念なことです。
 パレスチナを経済的な支援に加えて、政治的な支援を望みたい。解決にむけて、政治的圧力を高めて欲しい。
■ もともと誰が住んでいたのか?
 イスラエルが支配していたのは3000年前のこと。昔この地域に恐竜がすんでいた。それは、私が住んでいないということでしょうか?
 国があったかとか、なかったとは別としてパレスチナ人、またはその祖先にあたる人と呼ばれる人がそこに住んでいました。私たちのアイデンティティというのは宗教からつくられるものではありません。私たちの地域には沢山の宗教が混在していた。ユダヤ教・キリスト教徒・イスラム教徒であっても同じこと。先住の人々が共存してきた。
 パレスチナの土地・資源を奪って、ユダヤの人はイスラエルが民主的だと言っています。そしてユダヤ人国家と規定している。民主国家というならどの宗教も平等に扱うべきではないか考えます。
 イスラエル移民の人はヨーロッパ・アフリカなど各地から来ている。それなのに私たちの存在を否定し続けています。
■ 未来への道
(1)パレスチナ難民の解決することは可能である
(2)解決案は公正かつ包括的なもので難民自身の選択を尊重するものでなければならない
(3)解決案はすべての関係者がかかわること
(4)公正でバランスのとれた解決案であること

 国連決議案194号に基づいた公正な解決にむけて合意が作られなければならない。パレスチナ難民の人々の権利を考慮にいれ、イスラエルの人の心配も考慮に入れること、それはアラブ和平イニシアティブ(妥協案)といわれるもので、パレスチナだけが受け入れたものではなく、すべてのアラブの人が受け入れたものイスラム教圏も受け入れたものです。
■ 難民・テロ・虐殺だけのパレスチナではない部分も見て欲しい
 「難民の人たちは、物は限られているかもしれませんが、踊ったりして生活を楽しんでいます。ジェニンはヨルダン側西岸地区北にある小さな街、その難民キャンプが2002年イスラエル軍侵攻によって破壊された。」とワシムさんは、さらりと話されたが、私は以前「ジェニン・ジェニン」というドキュメンタリー映画を見ましたが、それは重い映画でした。
 破壊された街を撮った監督も今はもう生存しない。「壊されてはつくる、壊されてはつくる。壊されるために作るようなものだ」と語った住人がいた。侵攻が生活のなかの一部なのだろうか?
 でもワシムさんは、そんな街のなかからも笑い声や話声が聞こえてくるという。
 虐殺・テロ・侵攻など暴力的なイメージだけでないところを、今回の講演最後に普通に生活も楽しんでいること、風景のきれいなところや歴史的な建物などスライドで紹介してくださいました。
 つらいことだけではない、生活もあるということ、美しい愛する場所もあるということを伝えたいという気持ちがよく伝わってきました。 クリエイティブな人たちは、イスラエルの戦車によって破壊された車体から金属の張りぼての大きな馬が作られていることもスライドで紹介された。でもその車体の一部は救急車のマークがあり、いかに無差別に侵攻があったかを示している。
 墓場の場面では、老人が若者の墓で思いを馳せるということもよくある。普通は若者が老人を見送るのだが………
 きれいな自然が見られる場所でもあります。
 自分の生活を楽しもうと努力しています。
 世界中どこでも子どもたちの笑顔があります。
 美術的な建物も沢山あります。
 大学・教育が将来を変えるものとして教育を受けています。
 市場で物を売っている人も見かけるでしょう。
 豊かな自然もあります。…………………スライドと一緒に話されました。
■ パレスチナの情報が決定的に欠けている
 パレスチナの状況を知らない人が多い。情報が決定的に欠けている。うその情報も蔓延しているので皆さんに訴えたい。そのために働いています。
 3回にわたってワシムさんのお話を聞きました。以前私は、MLによりパレスチナから送られてくるメールを読む機会がありました。ある日2階建てぐらいのブルトーザーが来て家を壊していく。逃げると発砲される。またイスラエル兵士が家にやってきて、隣の家に行くのに壁をこわして行く……などと伝えてきました。こんな理不尽なことがあっていいのだろうかとその時思ったものです。
 また映画「ルート181」はイスラエルとパレスチナの二人の監督が国連の決めた分割した土地、それは幻になったけれど、それを尋ねる6時間ぐらいのドキュメンタリー映画も見ましたが、確かに昔は共存していたと語っていた。
 住民の語る侵略される歴史はリアルでした。
 「パラダイスナウ」とかいう題だと思いますが、パレスチナの若者二人が自爆テロを実行するまでの1〜2日を描いた映画もありました。自爆テロはいけないことだけど、納得がいくような気もしました。テロをするにはそれまでの経過があることは勿論です。まずはその経過を知らねければならないと思う。結果だけ見るのではなく……
■ イギリスの三枚舌外交(ピースボート資料より)
 今日の複雑な中東情勢をつくりだした原因は、同地域を植民地支配していたイギリスが第一次世界大戦中、自国に有利にことが運ぶようアラブ人にもユダヤ人にもいいことをいい、なおかつ英・仏・露との秘密協定も結ぶという三枚舌外交をしたことと、第二次世界大戦後の国連による同地域の処置に慎重さを欠いたことによるものが大きいといえるのだそうでです。

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