風"s・風のたよりオンライン版


2007/12/1 No.124

風のたより124号

12月1日の報告(その1)
「コーヒーの森へようこそ! こころで感じたメキシコの森」
〜豊かな森とともに生きる先住民族ナワットの人たちを訪ねて〜報告会&
「海老原よしえさん(注1)の語りと歌」 ウィルあいち 視聴覚室にて

■ 無機質な空間を有機質に
 会場となる46名定員の視聴覚室を、前日の17時半から準備を始めた。いかに無機質な空間を有機質にするかがテーマのこの日、日々店に持ち込んだ観葉植物や土管のような壺や、水草がたつ水を張った鉢、前日に通りがかった時もらった街路樹の小枝、それに加え、店にあった丸太を切っただけの背もたれのある椅子2つなどを持ち込んだ。また灯りもとても大切で、あんどんのような、流木と手漉き紙で作った灯りも灯し、部屋の壁の周りはボードをたてて布をかけた。
■ 森から海へ
 部屋の半分を、午前中は、メキシコのアグロフォレストリーの話なので、森をテーマに布をかけたり植物・栗やリンゴなの果実や、松ぼっくりなどの木の実で表現、他は海をイメージしてこれもボードに布をかけ、足下には流木や貝殻をちりばめた。
 落ち葉は、茶色〜黄色〜赤とちりばめられ、午後のコンサート時は床には蓮の花をろうけつ染めした布が敷かれ、そこに座ってよしえさんの、歌とお話を楽しみました。
■ ミニミニミニ青い地球をイメージ
 以下のように「乞うご期待!」と前々日に案内しました。
 『窓のない空間をいかに森の中へ、海へ、そして突き抜けた宇宙へと...変えるか、明日金曜に準備して皆様をお迎えします。
 昨日、街路樹を伐採しているところを通りかかったので枝を数本もらってきました。店のスタッフは、子どもさんと拾った松ぼっくりを届けてくれました。
 他のスタッフは、新鮮な落ち葉を届けると言ってくれてます。私は運べる観葉植物を店に持ち込んでいます。
 コンサートを企画している蔵原さんとの協働作業です。みんなの想いや海老原よしえさんの想いがいっぱいつまった空間になり、午前・午後通じて素敵なミニミニミニ青い地球をイメージした空間にしたいと思っています。乞うご期待!』
  

■ あの空間は本当にあった?
 コンサートが終わり、部屋をもとの会議室に戻した。不思議です。ちょっと前まであったあのミニミニミニ青い地球をイメージした空間、あの木の葉やリンゴの匂いや優しい匂いはどこへ?
 『今この時間が全て。いやな事も、いいことももうその事実は無く、過ぎ去って人の意識にあるだけ。こんな話しも今日のコンサートでよしえさんは語った。』
 企画した私達は、この日を楽しみにイメージを話し合い、企画し、こつこつ準備し、エネルギーと心を注ぎ、お客様を迎えることができました。とても嬉しいことです。この企画にまつぼっくりや枯れ葉や布を持ち寄ってくださった人もあり、こころにかけて頂くことの嬉しさも味うことができました。
 思いを表現する、今回はメキシコで出会った素晴らしいトセパン組合の活動を知らせたい!という私の思いと「海老原さんの語りと歌を聴いてほしい!」という蔵原さんの思いが一緒になって共鳴し、思いっきり表現できたすがすがしさも味わっています。後先考えずに「燃やす心」...というほどでもないのですが、一種の爆発! だったのかもしれない。そのあとの静かにちょろちょろと燃えつづける火を絶やさず、今を生きる。
注1 海老原よしえさん プロフィール
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うたうこと

私にとって、うたうことはこころをひらくこと。
歌は、私の内側の現れ。 
いろんな人の日常があり、それぞれが悩み、喜び、支え合い、
時に傷つき生きています。
そんな日常の中で私の歌も生まれて来ます。
ライブで、歌うときは、その場所、きてくださった人
、 自分自身のその時のバイブレーションで歌を選びます。
それは、お互いの今までを振り返るように、応援歌のように、
共鳴し合うように。
過去の出会いの中から、今の私がつくりだされていて、
そして新たな出会いが未来の私をつくりだしてくれる。
だから、歌い出会う事。
それが私の至福のときなんです

yoshie Ebihara/シンガー,ソングライター
愛知県生まれ
20代の5年間を、海外で過ごし、その中でも北米先住民の文化や叡智を
体感した事がその後のいき方に大きな影響を与える。
30才で帰国。10年間を東京で過ごす。
2002年、子供達とともに自然を求めて長野に移住。
その半年後から心が揺れると、歌がわき出すように、
降り注ぐように生まれるようになる
2003年から本格的にライブを始める。
ライブ活動の傍ら、チベットやイラクの子供達の
サポートや女性の心のシェアリングの集いも開催している。

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■ 海老原よしえさんとの出会いについて  土井ゆきこ
□初めてよしえさんのライブを聴いたのは
 1年前くらいに岡崎のお寺で、ウォン・ウィンツアン(ピアノ)のコンサートもそのお寺で聞いた縁もありました。住職さんが衣を着てピアノの調律をしていたのが面白かった。よしえさんのコンサートは知り合いの人から誘いを受けていた。岡崎までちょっと距離があるので迷っていたけれど、たまたま名古屋にいた、大谷ゆみこさん(つぶつぶ雑穀料理を紹介している人)から「いいよ〜」と聞いて、それなら!と出かけた。なかなかお寺までたどりつけなくって遅れて行ったのと、トークが聞きづらいことがあり(私が難聴のせいもあり)、それほど印象はないけれど美しい声の人だと思った。
□ 2回目会ったのは今年の8月
 海べのヨットハウスでのワークショップと、近くの炭焼き小屋でのコンサート、1泊2日の歌う人も参加した人も企画した人も、みんな一緒に雑魚寝という感じの企画に参加しました。20名くらいの参加者でした。
 炭焼き小屋にあるゴーヤの緑の垣根を背に、トークを交えながらのコンサートは素敵でした。自然の光のなかで、自然の風のなかで、やさしい、きれいな声は流れて、トークは心に響いて入ってきました。
 田園風景の広がる中、よしえさんのむこうには稲の緑が風にゆれ、夕日に近い日差しに光っていました。
CDで聞くだけではわからないライブの良さがあります。ライブ&、ある意味さりげない講演のようなもの...。これがいい!!
 泊まった翌日は、みんなで円になって座り、一人一人の名前をいいながら、一人一人を花びらにたとえながら、♪愛のかたち〜♪ と歌ったよしえさんの歌声が耳に残っています。
□ 3回目会ったのは、前日に雪がちらついたという長野の伊那
 よしえさんが6年前に東京から移り住んだ家に、今回企画した蔵原さん含め4名で訪ねました。11月18日のこと。なんの構えもない受け入れに心和む私。一方、自分としては開けっぴろげと思っていたのですが、私の様々な鎧を思う...。
 到着して寝るまでの約3時間、翌朝から夕方近くまで、リンゴ狩りやブドウ狩りをしながら一緒に過ごしたなかでいろいろな話も聞くことができました。
□ 2004年6月富士山麓の朝霧高原で...
2004年6月富士山麓でひらかれた「せかい平和といのりの日」のホームページです。

http://www.wppd2004.org/

 男の子二人のお母さんである海老原よしえさんはこの時の中心になった人です。
 この企画の実行委員長だったことを聞いていたのでその話を興味深く聞きました。その日は6月には珍しい台風がまさに富士山麓を直撃した日でした。それでも3600人くらいの人が集まり、先住民の人達の祈りの儀式に参加した。私も「行きたい!」という気持ちがあり、なぜか(不思議なんだけど)台風が来ることわかっていて、朝の儀式に間に合うに為に前日から泊まりで出かけた。
 視界は悪く、どんなことが行われているかわからない有様でした。参加者に無料で食事が振る舞われていた。暖かい食べ物が本当にありがったけれど、こんなに多くの人に振る舞う食材、準備、それに関わるスタッフ等のこと思うと、すごい事!と感心しました。その実行委員長がよしえさんと聞いて、どんな人か興味がありました。この企画のために、4人の核になる人と2年間かけて理念を共有するために時間を費やしたということです。通算4年かけての準備が必要だったようです。思い起こすと、台風のまっただ中、飛ばされないように座り込んでバスを待っていたその日の自分が、本当にいたのか不思議な気分です。
□ 12月1日(日)13時半からよしえさんのコンサート
 プログラムは無し、その場の雰囲気で思い浮かんだ曲を歌い、思い浮かんだことを話す。そんなコンサートです。大谷ゆみこさん発行の「つぶつぶ10号」の22ページにも紹介されていますが、90を越えるレパートリーから曲をピックアップしてその誕生とストーリーがこれから「つぶつぶ」の本で紹介されるそうです。山根麻以さんにも通じるもの、大谷ゆみこさんに通じるものが海老原よしえさんにもあると感じた今回の旅でした。

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