風のたより113号
沖縄に平和が訪れなければ
日本の平和は遠い……沖縄を感じながら暮らしたい
早期全面返還を実現させる「5.16普天間基地包囲行動」、基地の周囲11.5kmを人の鎖で囲うイベントに参加しました。16000人の参加でした。このようなイベントでの参加人数の公表は主催者側と警察では違うものですが、今回は普天間基地一周という数値と人の手をつないだ数値から算出され差異は生じなかったようです。すごい数字だと思います。 私とGAIAの会メンバーのさちこさんのように急に当日参加という人もいると思いますが、全国から多くの参加があったようです。沖縄は梅雨に入っていましたが、その日は晴れ、夏のような日差しの中で、2時・2時30分・25時50分の3回の各5分行われ、2回目3回目は人の手がつながったということで、歓声が上がっていました。■ 再会できた高里鈴代さんと源啓美さん
今年1月17日みぞれの降る寒い日、愛知県の小牧市にある自衛隊基地の「イラク自衛隊派遣反対」の鎖は1700人の参加、そんなことも思い出しながらの1日、知らない沖縄の人と手をつなぎ、ウェイブも楽しみました。
このイベントのチラシを手にしたのは、前日の沖縄大学での世界フェア・トレードデー参加企画「映画を通してみる国際協力とフェア・トレード」に参加して、その時チラシを配っていたのが高里鈴代さん。■ 「ちゅらさ石けん工房」仲西美左子さん工房で沖縄そばづくりして・・・
「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」「すぺーす結」の代表、松井やよりさんと親しい友、昨年アジア女性資料センター企画の沖縄で考える・沖縄の女性と考える「沖縄スタディツアー」参加で彼女の講演を聞いたり、その後、食事も一緒にしたりの出会いのあとで、今回はフェア・トレードのセミナー会場で会うことができました。昨年のスタディツアーで記録を私が担当した「女たちのメディアジャック(うないフェスティバル)」=風のたより95号=の話をして下さった源啓美さんにも再会。普天間基地を囲う人間の鎖に参加したいと思いましたが、今回参加のツアーはフェア・トレードのツアーでセミナーやお店を尋ねる目的で来ていたのであきらめていました。
沖縄そば、といっても薄力粉でつくるうどんのようなもの。コットン糸紡ぎ・織り体験・ヘナの摘み取り・石鹸作りなど体験できる工房で沖縄そば作りを体験しました。化石エネルギーの使用を少しでも減らすことにつながる沖縄そば。■ 辺古野の座り込み「おばあ」さんに、また反戦地主さんと会う
再生可能なエネルギー薪を使い、その廃棄物の灰を使います。巷の沖縄そばは何を使っているのか?(灰ではない化学のものらしい)
灰は循環型社会の中で大切な役目をになっています。畑の肥料、料理、物を洗う(せっけんなど)、焼き物の釉薬などに使われます。ゴミ焼却炉の灰は使えない毒物。再生不可能なものを使って、再利用できない毒を作る現在の生活に疑問をなげかける「ちゅらさ工房」(098-966-2441)です。粉と灰汁を混ぜ、こね、綿棒でのばし、屏風だたみして切ってゆで(勿論かまどの釜です)、かまぼこや三枚肉、ネギ、ショウガとだし汁で、自分がつくった「沖縄そば」を頂ました。嬉しかった。美味しかった。
「ちゅらさ石けん工房」の建物が水の循環をモデル化したようならせん状の建物。雨どいなしで雨水を集める仕組み。屋上には草も生え、砂利もあった。地中にタンクがあり土などにより濾過されながら、そこに集まる仕組み。今回はその説明を受けることなしで「普天間基地包囲行動」に参加したので、これは昨年3月に訪れた時の記憶ですが・・・
この工房のメンバーが初めの自己紹介のなかで、12時半ごろになったら「普天間基地包囲行動」に参加するという話をされたのを聞いて「一緒に行きたい!」と手を挙げたさちこさんと、「南恩納(みなみおんな)トロピカル」=098-966-8091=という旅人交流の宿のオーナーはるさんの車に便乗して向かうことになりました。彼女は、今日16日訪問した「風の里」というフェア・トレードの店で1年と少し働いていたという不思議な縁というか、つながっている縁。
はるさんは、普天間での人の波のなかで、あの人もこの人も挨拶している。その中で車椅子のおばさんがいた。彼女は普天間基地の代替えに浮上している辺古野でのボーリング調査に反対して座り込みをしているそうです。彼女は私たち二人に言いました。「沖縄に平和が訪れなければ日本の平和はない。もっと本土の人は注目して、参加してほしい」・・・と■ 佐喜眞美術館
また、反戦地主のおじさんは17〜18歳の時から基地反対のなかで反戦地主として日本・アメリカの両方から冷遇されながらも基地返還を願っている。もう50年以上になるが瞳の黒いうちに返還されることを願っていると、そばにいたお兄さんと共に参加されていたようです。
ツアーの企画を離れた私たち二人は普天間基地ぎりぎりに建つ佐喜眞美術館に寄りました。相変わらず修学旅行の生徒達が訪れています。丸木位里(まるき・いり)俊作「沖縄戦の図」の前で館長さんである佐喜眞道夫さんが話しています。昨年も聞きました。相変わらず、慣れた調子で、早い調子で、まるで聞き慣れた授業のお経のような調子で説明は続きます。昨年はこの早口にちょっとショックを受け、もったいないと思いました。■ モーターバイク屋のおじさんの「三線(さんしん)」と居酒屋「語れ小」
なぜ、もっとゆっくり、わかりやすいように、語りかけるように生徒さん達に語ってくれないのかと思いました。よほどFAXでも送ってこの思いを伝えたいと悶々としました。
また訪れるとは予想外でしたが、経験から違和感はそれほど感じないで聞きましたが、やはり残念に思いました。生徒達はどれくらい聞きとれたのだろうか、館長さんの思いは伝わったのだろうか・・・と。館長さんにとっては毎日のことでも、修学旅行の生徒達にとっては一生に一度のこと。半分の説明量でもいいのいでゆっくり、ゆっくり話して欲しいと心で願いながら聞いていました。
佐喜眞美術館の帰り道、モーターバイク屋のおじさんが三線を弾いていた。ちょっとのぞいて行って入ってしまった二人。なんと缶コーヒーを冷蔵庫から出して下さって、話を始めた。その間にも外を通る人にも挨拶することしばしば。地域に生きているおじさんは三線も弾いて聞かせてくれました。それから二人はバスに乗って宿へ….そのあと夕食のため入った店の沖縄のふるさと定食だったかな〜、とってもとっても美味しかった。言葉がわからない個々のメニューがいい。
店のおじさん、おばさんの三線と太鼓と唄のライブがよかった。普天間基地で見かけた人が10人近く打ち上げをしていた。そこで松井やよりさんと韓国に旅した女性ともその店で出会った。彼女の歌声は今も心にのこっている。国に帰れないままに沖縄に残った慰安婦の人の切ないこころを歌った歌だった。翌日は、フェア・トレードのお店「風の里」さんを尋ね、沖縄戦で避難していたガマの見学もし、昨年の沖縄も、今年の沖縄もとても心に刻む旅行になりました。